| 提供 生活介護研究所 | |
| 孤高の排泄職人の心の彷徨、今を憂いて自己を解き放つ、 怒涛の排泄しぶきのコーナー |
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| パンチョ福野・トイレの絶叫 僕たちはなぜここでおしっこをするのだろうか ここをクリックすると 福野初夫さんことパンチョの ホームページに飛びます |
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![]() パンチョ福野・・中国オリンピックも終わりました |
| 排泄へのこだわり・・・徹底的にこだわります 給付で地域を回っていたとき以来、お年寄りの股間の状態があまり良くない事に気がついていた。使えない道具、フィット感のないパット、自立とは程遠い自立支援・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かが違うと心から思い、そして現場実践の中で一つずつ其の何かが見えてきた。それは「長野県のともしび」や「大阪のビオスの丘」のかかわりでの何かが足りないことへの確信、理論ではなく実践的な技術なのだということが一つ、もう一つは介護する人が特に専門家に必要な情報が足りないこと。 介護は具体性である、どんなに制度が変わっても、モノ食う人と出す人は何一つ変わらず方法は同じである、難しいことや学術ではなく目の前のお年寄りの股間がさわやかになる具体的方法論が求められているのである。ちいさいケアの中でもっと具体的にこだわりをもって提案していかなければならないのだ。私は難しいことは言えません、しかし目の前のお年寄りの笑顔を皆様と共有することはできます。私は実践的排泄論を提案する人になりたいと心から思っています。 |
| やっぱり尿取りパットの使い方が乱暴すぎます 丁寧に使えば尿漏れは少ないのに・・あの当て方、この使い方ではうーんとうなります。詳細は講座の中で紹介して います。ぜひ確認してください 道具へのこだわり・安心パンツの復活 排泄や生活の支援する用品ではなく・生活の中の道具として介護用品を考えたいと思います。道具にこだわると生活はもっと楽になります、尿とりパット+はくパンツではなく「安心パンツ」のほうが本人にとって良かったりする場合が多々あります・また生活支援の道具としての「移動用バア」や「ベット」「車椅子」にもっとこだわる必要があると思うのです。 |
| KEEPERケアについて 出たおしっこをどうキャッチするかというケアは「尿とりパット」の性能の向上にばかり目が向いていきます。確かに性能の良さは大切ですが、本人の「尿意」はそのパットの中で置き去りにされていくように思うのです。「もれなければそれでいいケア」って本人抜きの介護なのではないだろうか・・多少のお漏らしはありながら「本人の尿意や便意を大切にするケア」の展開が必要なのではないか。そういう思いをこめて「尿意や便意をKEEPするケア」KEEPERケアを展開していこうと思っています。便意や尿意をどう守り、なくなった尿意をどう作るか・・そして排泄の気持ちよさはぬれている濡れていないという皮膚感覚ではなく・・じゃーっとでる快感をどう作るかなのだと思っています。 |
| 過剰誘導の問題 過剰誘導をするとお年よりも疲れるし、職員も疲れるという現実しかありません。疲れがたまることにより職員とお年寄りの関係は悪化し排泄ケアどころではなくなります。職員が向かってくるとお年よりは「また、便所か!」と思うようになりますます拒否的行動に出るようになります。考えていただきたいことは、漏らさないようにするという事や、完璧を目指してもらいたくないと言う事です。平均寿命を越えた方に排泄の何を求めようとしているのか?おしっこは漏れて当たり前の境地に入っているのです。気持ちE〜!排泄のために私達がするべきことは漏れたり、失敗をしたら直ぐに股間を快適にしてあげることが一番なのです。そのためにもなるべく快適な股間の状況を保つ為にしっかりとその方の時間帯を探していただきたいなと思います。いずれにしても、排泄のみばかり見ていても何にもならないのです。すべての行為は生活の中にあるのです。一人一人の生活リズムを取り戻していくことにより全てのケアが見えてきます。視点を変えて頑張りましょう。お年寄りのために、自分達のために。 |
| こんな事がありました。 本当に久しぶりに出くわしました。今はまぼろしと言っていいほどの光景でした。感動です!!それは何かと言うと、おばあちゃんの立ちションなのです今回は立ちションと言ってもそれに近いものなのですが、男性小便器に後ろ向きに座っているのです。こういう光景は一昔前まではよく目にしたのですが最近は本当に目にしなくなりました…こういう行為があると言うことを知らない若いワーカーが出くわすとおそらく問題行動として物議を醸し出すのではないだろうか。こういう形もありなのだと思って居てもらいたいもんです。なぜ?と思うかもしれないでしょうが、畑仕事のおりなどトイレなどないところで用をたそうとすれば少し茂みの中に入っていって周りを確認しながら用を足さなければいけないと言うことでこのような形がうまれたのです。 このような事を知らなければ、自分の価値観の中で物事を思い込み判断すると言うことに繋がるのですよね。ついでに、最近の排泄の取り組みとして気になる事が随時と言いいながらの定時行動かな。誘導しかり、交換しかり、常に職員の都合でお年寄りがトイレに連れて行かれる。口ではその人のパターンをと言いながら時間が来たらとにかく排泄と言う振り回し行動が始まる。誘導に関しては本当に適切と言うことが当てはまらない。特に誘導と言う振り回し行動を取る事により、危惧される事は、膀胱萎縮になる。排尿機能では膀胱と言う器官が重要なのです。尿意はある程度の量が膀胱に溜まる事によりおこる(量に関しては個人差があるが)ここの処を押さえておかないと私達が自らその人の尿意を失わせていく事になる。確かにトイレに連れて行き座っていただくと少なからず出る事がある。これは本人の意思で出したとは言わない。意思とは関係なく出てしまった。出さされたと言うことです。これを繰り返す事により尿意信号が出なくなり、またはしっかりと溜められないような膀胱機能の低下に繋がっていく。だからこそ大事にしたいのが、溜めると言うことなのである。にも拘らず誘導こそ排泄ケアだとばかりに職員の都合でトイレに連れて行く!本来はあってはならない事なのです。 やめようこんな事 @思い込みケア A錯覚ケア B自己満足ケア C押し付けケア と思う今日この頃です。 毎日こつこつとケアを展開すること 排泄ケアは日常なので毎日の積み重ねが必要です、日常は普通をきちんとするということで、股間の乾燥、パットの軽量化と通気性、尿意の創造、生活意欲の引き出しなど、今日が明日につながるようにがんばりたいものですね。私が今日仕事したらそれでいいのだという発想ではなく、次の人に向かってバトンタッチできるようにがんばりたいものです。 |
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ユニットケアは「思いや寄り添いから入るのではない」ということ 介護現場のアドバイザーとして現場に入って感じることは「基礎介護力」が足りないということ、食事排泄入浴などの基本的な力が足りないので「気づきを築く」とかいうお題目がうまく作用しないという事です。私は現場のたたき上げではないのですが、どんな場合もベースになる部分がしっかりとしていないとうまく伸びない」のではないのかなと思うのです。現実的に生活を作ることは「食べること・出すこと」の支援ですからその辺をしっかりと押さえたいと思うのです。私は確かに排泄の専門家だからそういうのだという人もいますが、現場に入って思うことは思いだけではダメだということです「ちゃんとした技術と知識」の確立こそが現場を作るし・・それがないから現場が混乱しているのも事実だと思うのです |
| 食べることへのこだわり 老人介護の現場は「とろみ」やペーストの使いすぎだと思うときが多々あります、実においしくない食事がいろうやチューブを作っているとしか思えないケースが多々あります。それよりも何よりも食べる姿勢や嚥下咀嚼を忘れたケアが多いことに対する苛立ちです・・もっと基本をとずっと訴え続けて行きたいと思っています。 |
パンチョ福野こと「福野初夫」が 排泄ケアリーダー養成講座を 全国各地で計画しています。 FAXで「詳細こう」と連絡してください。 福野初夫の事務所「生活介護研究所大阪事務所」が移転してました新しい住所と連絡先は下記です 579-0053 大阪府交野市郡津4丁目23-7 tel/fax 072-894-0237 |